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怖い話まとめブログ

怖い話のまとめ

揺れるふすまと男の子

心霊体験談

これからお話することは、今から約二十年前の出来事です。私は高校を卒業しまして
関西のある宝飾会社に就職をしました。真珠の仕事に携わることになったのですが
新入社員時代の出来事です。

当時150人くらいの新人が入社いたしまして、高卒、大卒と様々でしたが、学歴などは関係なく、一度は全員真珠の養殖場へ研修に行かねばなりませんでした。期間は1カ月間と言うことで、2グループに分かれて行くことになりました。


もちろん男子だけです。真珠の養殖場といいますと、全国にたくさんその会社はもっていて、関東から九州までございました。それで、私たちのグループは、九州は長崎県平戸市に研修場所が決まったんです。

先発隊と後半合流組とわかれまして、私は1カ月滞在ということになっていました。一緒に滞在するメンバーは7名でした。私と同じ高卒の子と後5名は大卒のメンバーでした。

新神戸から新幹線で博多駅までいきまして、当時約4時間くらいかかったと思うのですが、着いてからは、また汽車に乗り換えまして、確か佐世保駅まで行き、そこからは養殖場の方々が車で迎えにきていただきました。車で移動中青いきれいな平戸の海が印象的だったのですが、あとでこんなに怖い思いをするなんて思ってもいませんでした。そうです、7人全員でのす。

平戸市のH町に養殖場はあるのですが佐世保駅から40分くらいで到着しまして、我々がこれから1ヶ月滞在するところは、寮とか、社宅とかそう言ったところではなく、そこは海に面した田舎町でして、ある空き家の古民家を借りることになっていました。よく見かける田舎の古民家です。そこへ連れていかれまして、私たちの使う部屋を紹介されまして、私たちは荷物をそれぞれに置きました。つぎの日から研修ははじまるのですが、この荷物を置いた後に、担当の人が「この部屋は絶対に開けないようにしてください」と言われたんです。

その部屋は普通のふすまの3畳くらいの部屋なのですが、その時みんなは、なんか大事なものがしまってあるんだろうくらいにしか思っていませんでした。そう言って担当の人は帰っていきました。家をぐるりとみんな見て回っていたのですが、一つだけ気になることがありました。そこの家には仏壇が置いたままになっていて、ましてや位牌までそのままだったんです。なんとなく気になってはいたのですが、特にこだわりはしませんでした。その時は。それで私たちはそこのお宅でお世話になることになったんです。

5日くらいして、随分慣れてきたのですが、6日目くらいに奇妙なことが起こりました。
私たちは8畳くらいの部屋で7人で横に並んで、開けてはいけないという部屋に足を向けて寝ていました。その晩です、夜11時に起こりました。夏でしたからかなり部屋は暑かったのですが、蚊が入ってきたりすると嫌だったので、私たちはふすまはしめ切って寝ていました。寝付くまで毎晩時間はかかっていたのですが、この時はこんなことが起こったんです。

なんと、風もないのに、開けてはいけないと言われたその部屋のふすまが、ガタガタと揺れてるではありませんか?私は一番左端、もう一人の高卒の子が右端と中に5人をはさむような感じで寝ていました。中の5人はその時寝ついていたのですが、私ともう一人の高卒の子は寝ておらず、その音が気になって、ぶるぶると震えていたんです。

いまでも思いだすとほんとうに奇妙でとりはだがたつくらいです。それで私たち二人は眠ることができず、怖い思いをしているだけでした。

みんな研修で疲れていたので、起こすわけにもいかず、ただ我慢していたんです。そしてまた起こりました。なにかといいますと、私は揺れるふすまが気になりまして、薄暗い中に、そうっとそのふすまを覗いてみたんです。するとその時右端のほうからふすまの前を、おかっぱ頭の4歳くらいの男の子が昔でいうちゃんちゃんこっていうんでしょうか、それを着ていてそのふすまの前をすうーっと歩いて行きあと消えたんです。

足はありませんでした。もう一人の子に私は「今の見た?」って言いました。すると彼は震えながら「俺も見た」。

その後二人は絶句していて少しも動けなくなりました。

その日はどうにか朝を迎えることはできました。それでその話を担当の方に話しましたら、その日にお祓いをしていただきました。その後もいろいろあったんですが、今回はここまでにしておきます。

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父の足音と最後の別れに聞いた大声

不思議な体験

私は3年前に実の父を病気でなくしました。

3年経ちますと気持も完全に戻りまして通常の生活を現在しております。これからお話ししますのは父が亡くなって、49日の出来事です。

私は当時父を亡くしてからはその後父がこれまでに使っていた部屋を私が引き継いで現在も使用しているのですが、こんなことがありました。私は夜は普通に11時くらいには就寝するのですが、49日の前日の夜中のことでした。父は病気だったころ、病院に入院していたのですが、病気がかなり進むまでは、私が今使っている部屋で過ごしていました。

ガンを患っていたので、体力もかなり落ちていまして、歩行も倒れはしませんが、部屋や廊下を歩くときは大変でした。その当時の歩く音といいますか、父の歩行リズムを私はよく覚えていました。音にたとえますと、ぼったぼったといった感じです。
病気ですから当然のことなのですが、とてもかわいそうに思ったものでした。

その後父は病院と家の往復を間隔をおいてやっておりました。

話は戻りますが、49日の前日、つまり48日目の夜11時50分くらいだったと思うのですが、私はその夜寝入りもよく、お酒も飲んでいましたので、早く寝ついていました。ところが、約50分後位に、目がバチッと開いてしまったんです。なぜ目が開いたかといいますと、父の足音が聞こえてきたんです。

この時は特に怖いとかおもうことはありませんでしたが、確かに父の歩くぼったぼったのリズムの歩行なんです。部屋の前は廊下になっているのですが、間違いなくその廊下の方から私の部屋の方へ聞こえてくるのです。私はその時思いました。明日が49日だから、最後に私の顔でも見に父の魂がきたのかなって思いました。

家族ですから、そんなことはあるさって思ったものです。そうやって来てくれたことに逆に感謝したくらいです。

49日に亡くなった人は旅立つといいますが、これは本当だとその時にしっかりと思いました。それでその足音は私の部屋の前で止まりまして、それからまた数分して、今度は隣の部屋で寝ている、長年連れ添った母の部屋の方へと音が遠くなって行きました。

それからというもの、私の心は大変穏やかになったのを覚えています。まだ父が亡くなって1カ月ちょっとでしたから、この頃は一人で夜に涙を流していたものでした。でもその悲しみというものが、吹っ切れたと言う言い方はおかしいのですが、悲しいのではなく、自分自身が生まれ変わったようなそんな気が致しました。

ほんとうに不思議な夜だと思いました。
そして、さらにびっくりしたことが起こったんです。私は当時仕事は運輸会社に勤めていて、早朝の5時半前くらいには出勤していたのですが、そのつぎの日の朝の出来事でした。

私は朝起きますと、いつも通りに会社の制服に着替えまして、玄関で靴をはき、戸をがらがらと開けました。外は天気がよく、夏場でしたから気持のいい朝でした。朝早いですから、あたりはまだ薄暗い感じではありました。

そして、車に乗るために、車庫の方へ足を運ぼうとした瞬間、誰かが叫ぶように「気をつけていきなさ~い!」と私に大声で言うんです。私ははっと思い、後ろを振り返りました。すると後ろにはだれもいません。いるわけがありません。それで空を見上げましたら、その時うっすらでしたが星が輝いていました。私は思いました。49日目ですから、間違いなく父の魂が本当に旅だったんだなと。

この度は本当に不思議な経験をいたしました。この時はもう一度父に感謝しました。そして父の無事を祈りました。その日は朝早く出かけたので、母は寝ていたので、夕方帰ってその一部始終を母にはなしましたら、母が「足音きこえたね」って話してくれました。
間違いなく父でした。

飼い犬カイには見えている死者の魂

不思議な体験

あまり、怖くはないのですが思い出すたびに少しさびしくなる話があります。曾祖母と、我が家で以前飼っていた犬の話です。

今から10年以上前に、我が家でカイという犬を飼い始めました。番犬としての役割を果たすとき以外には無駄吠えしない賢い犬で、顔を覚えた相手には吠えたりしませんでした。なので、曾祖母も隣の老夫婦もかわいがっていました。

カイはたまに、どんなに叱りつけても誰もいないにもかかわらず吠え続けることがありました。そのときには、単に何か小動物に向かって吠えているのだと思って、あまり気に留めていませんでした。

そんなときです、お隣のおじいちゃんが亡くなったのは。
隣同士仲良くさせて頂いていたのでショックも大きかったです。お隣は、芝犬を飼っていたので、犬を飼っている関係からも親しくしていました。
おじいちゃんとおばあちゃんの2人と、芝犬がいつも仲良く寄り添っていたのを覚えています。

そんなお隣に舞い込んだ突然の事態が、おじいちゃんの死でした。
おじいちゃんの様子がおかしいことに気がついたおばあちゃんが、救急車を呼んで一緒に乗り込み病院に向かいました。

このとき、私はおじいちゃんもすぐによくなって帰ってくると思っていたのですが、そうはいきませんでした。

おじいちゃんが運ばれたのは夕方で、その日の8時頃、カイがしばらく吠えていました。おじいちゃんたちの飼っていたポチは静かにしているのに、こんなときにカイはどうして騒ぐのだろうと疑問でした。

おじいちゃんのお葬式の後は、おばあちゃんは、娘さんと同居することが決まり引っ越して行きました。
その数年後のことですが、うちの曾祖母が亡くなりました。
そのときにもカイは激しく吠えており、たまらず父に相談しました。葬式にはたくさんの人がやってくるので、訪問客のみなさんを怖がらせるのではないかと、そう思ったからです。ですが、父は少し寂しそうな顔をして、カイには見えているからと言いました。それと、お別れをいいに来たんだよ、とも。

お葬式の間にも思い出したように激しく吠えるのを繰り返していましたが、少し注意しようと思いカイの様子を見に行ったら、小さくクゥーンと鳴いて弱々しくしっぽを振りながら一点を見つめていました。

このときに、父の言った、カイには見えているからという言葉の意味が何となく分かったような気がしました。
カイには、死者の魂のようなものが見えているのだと。

今までのことも思い返すと、事故や病気などで親しい人がなくなった時や父が山狩りに駆り出されたあとなんかに吠えていたことが多かったと思い至りました。そして、父もなんとなくそれを感じ取ってあまり強くカイを叱らなかったのだと思います。

カイは、曾祖母の死の丁度1年後に、曾祖母の亡くなった時間頃に息を引き取りました。もともと、数年前からとある病気だと診断されており、その治療をしていました。

家族がカイを囲んでいると、最期に誰もいない方向へ小さく鳴きました。そして、静かに息を引き取りました。父が赤い目をこすりながら、ばあちゃんが迎えに来た、とつぶやいていました。

私には霊感はないので、本当にカイが普通の人には見えないものを見ていたのかはわかりません。ですが、人の死や事故や病気に敏感だったのは、間違いありません。父は、昔自分には霊感があると言っていました。なので、葬式の際の父の様子から、おそらく父にも見えていて、お別れを言いに来たという言葉が出たのだと思います。

生前、カイと曾祖母は毎日長時間一緒にいたので、とても仲が良かったです。なので、曾祖母は、カイの死後、カイを迎えに来て一緒にいったんではないかと思います。

一緒にいるなら、カイも曾祖母も天国で寂しくないのではないかと思っています。
霊感のない私の体験した唯一の心霊体験は、以上です。

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帯留めの先祖 お盆にご先祖様!

心霊体験談

これは、私が28歳頃に体験したお話です。

その日、私は一人で出かけておりました。図書館へ行ったり買い物に出歩いたりしているうちに、家へ帰ってくるのが、夕方ごろになりました。様々な場所へ出かけたので、その時、疲れを感じてベッドに横になったのを、今でもよく覚えております。

疲れに体を支配されていた私は、少しだけ仮眠を取ろうと思い、ベッドに横になりました。そして、目を閉じ、何気に右側を向きました。

すると、そこに着物姿の女性がはっきり、くっきりと見えたのです。瞼の裏に、くっきりと鮮明に着物姿の女性が白黒で見えたのでした。

不思議とその女性は怖くない雰囲気だったのですが、でも正直なことを言うと、幽霊が苦手な私は、ちょっと怖かったのを今でも覚えております。

女性は、着物の帯に四角い形の帯留めをつけており、それが私の瞼の裏に、くっきりと映っておりました。その霊の女性は、私のベッドの右わきに立っていましたので、ベッドに横になっている私からは、着物の帯の位置から下しか見えませんでした。その時、女性は霊なのですが、生きている人間と同じぐらいの女性の身長だったと、あとで分かりました。

このまま目を閉ざしたまま、上を見上げてみれば、女性の顔も分かったと思うのですが、そうすることが怖くて、できませんでした。もし、顔を見て、とても怖い表情をしていたら、と思うと私には、とても女性の顔を見上げるその勇気が持てませんでした。

それから少しして、疲れていた私は、そのまま眠りについてしまいました。

あとで考えてみると、その日はお盆の初日だったのです。お盆になると、よくご先祖様の霊魂が返ってくると言われるのですが、それはどうやら真実のようだと、その時に思いました。
その日、お盆に返ってきたご先祖様が、なぜ、私に姿を見せたのか分からず、また何を訴えたかったのかも分からなかったのですが、お盆になると本当にご先祖様なるものが家に返ってくる、という事が分かった新鮮な体験でした。

想いは通じてる 優しい波動

不思議な体験

これは、私が33歳ぐらいの頃のお話です。大晦日の日の話になります。私の祖母が祖父の墓参りもかね、お墓掃除に出かけました。

私は、お墓までの車の運転手として祖母を車に乗せ、先祖代々のお墓へ祖母と共に行き、お墓掃除を手伝っておりました。

お墓掃除を念入りに行いながら、祖母は、亡くなった自分の旦那である祖父に想いをはぜておりました

すると、不思議な事なのですが、魂だけになった祖父が、その場所に降りてきたのです。もう、既に成仏し、安定している感じの魂の波動が感じられました。

祖父は、そうして自分に想いをはぜつつ、お墓掃除を念入りに行っている祖母に対して、強い感謝の想いを抱いていることが、そこに降りてきている祖父の魂の波動から感じられました。

祖父の魂は、人の形はしていなく、その時にはエネルギー体として、ただ単に波動として感じられました。
その時の魂の印象としては、本当に優しい感じのする波動でした。私はその優しい波動を感じ、とても心地よい気分になりました。

こうして、この世で故人を想う時、それは霊界にも通じて、伝わっているのだという事を感じさせられた出来事でした。

あの世には、時間や空間の拘束が無く、好きな時に好きなように、一瞬にして行きたい場所へ移動することが可能なようです。

こうした事は、普段、私が口コミだけの霊視鑑定をさせてもらい、霊界にいる故人を霊視させてもらった時にも感じる事ができます。

霊界では、自殺などしなく成仏した霊魂たちは、好きなようにしばらくの間、過ごしてから、また生まれ変わってゆくみたいです。

ある霊魂になって成仏した男性の霊は、大好きだった車に乗って好きなだけドライブを楽しんでいたりしました。

その時に、赤いスポーツカーで飛ばしている幸せそうなイメージが視えて、霊界での生活が、成仏をすれば、とても良いものでもある、とのことをその時に学ばせられたのを、今でもよく覚えております。

このように、霊界へ上り、浄化した魂は、至福の時を過ごしています。私も死後、そうした霊界へ行く事ができるように、自殺したり、悪い事ばかりしないようにして過ごしたいと日々思いつつ、毎日を送っております。

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聖カテドラル教会 2人のキリスト教系霊能者

心霊体験談

これは、私が32歳の頃のお話です。

当時私は人生の様々な苦しさから、スピリチュアルなものに強い興味を抱き、様々な占い師や霊能者を訪ね歩いていました。当時の私は、自分が誰かの鑑定をしたりすることになるとは、一切思っておりませんでした。また、その時の私の心は、暗闇の迷いの中にありました。

ある時、私はとあるキリスト教系の女性霊能者の先生がいらっしゃることを知り、その方の元を訪れました。
その女性霊能者の先生は、十字架とメダイをつけておりました。そして、先生は過去世を視る事が得意でしたので、私の過去世を視てもらいました。その先生によると、私はイタリアで魔女狩りにあい、火あぶりにされたそうです。そのような理不尽な仕打ちを受けたために、転生後、様々な悪事をはたらいたそうです。

私の今生の人生が辛いのは、過去世で様々な悪事をはたらき、その報いの結果として、今生にマイナスが返ってきているからだと先生が、教えてくださいました。その女性霊能者の先生は、私は、過去世に黒魔術で人を殺したり、海賊として悪事をはたらいたりしていた、という話をしてくださいました。

この時過去世の自分と今の自分は全く無関係なのに、と少し悔しい気持ちになったことを、今でもよく覚えております。

また、女性霊能者の先生は、私がスピリチュアルな体質で、スピリチュアルな事に興味を持っている、と知り、その方のお師匠様のような存在の男性霊能者の先生を紹介してくださいました。また、聖なる波動に満ちた都心の中の、とある大きなカトリックの教会を最初に教えてくださったのも、その女性霊能者の先生でした。
女性霊能者の先生に場所を教えてもらい、初めて都心にある大きなその教会を訪れました。
教会の建物の中に入ると、とても大きな十字架が祀ってありました。そして、その大きな十字架からは、何ともいえぬ神聖で強い波動が出ており、その波動は、広い教会の中全体に満ちておりました。強くて神聖なる波動を感じた時、私の心が不思議な気持ちで満たされました。そこの大きな教会は、聖なる波動が建物の中全体に満ちている不思議なパワースポットだったのです。

マリア様の像も教会の中と外に、祀ってありました。その時に感受性の鋭い私は、2人のマリア様からも、神聖な強い波動が出ているのを感じることができました。その時に、波動というものを感じられる自分自身に驚いたことを、今でもよく覚えております。
都心の大きな教会で聖なる波動を浴びてから数日後、女性霊能者の先生の紹介で、その方のお師匠様のような存在である男性霊能者の先生と会う事になりました。

その男性霊能者の先生は、少し厳しい事をおっしゃる方でした。ですが、その厳しさは的を射ていましたので、私は素直に聞き入れることができました。

その方の霊視によると、私は過去世において、厳重なクリスチャンで「主の苦しみを私にください!」と、強く宣言してしまったそうです。以前過去世での悪行を女性霊能者の先生に指摘されましたが、そうしたキリスト教独自の宣言を過去世においてしてしまった事も、私の人生が辛い原因だという事を教えてくださいました。

また、その男性霊能者の先生は、私の目の前で、とても不思議な、魔法のような事を行ってくださったのです。

その時私は、十字架が描かれた小さなペンダントをつけていたのですが、そのペンダントを先生が手に取り、それを、マリア様とご縁が繋がるようなエネルギーに変えてくださったのです。
私からは、先生がただただそのペンダントに触れているようにしか見えませんでした。何はともあれ、マリア様と繋がるエネルギーにペンダントの波動を変えてしまうというそうした事は、魔法のようで、ものすごい神業のように神々しく思えました。

鑑定終了後、私はその男性霊能者の先生に言われた通り、以前行った都心の大きな教会へ足を運びました。

私は、先生に言われた通り、教会の建物の中に祀られている聖母マリア様の像に向かって、「私自身をお戻し下さい」と心の中で言いました。

すると、フワッとした柔らかくて暖かいエネルギーが私へ覆いかぶさるように入ってきたのです。その瞬間、私自身の魂に、私にも分からないプラスの「何か」が起こっているのを確かに感じ取りました。

ただ、その瞬間に何が起こったのか、なぜ、男性霊能者の先生が、そのような事をマリア様へ向けて言うようにアドバイスくださったのかは、未だに分からないままです。

そして、私はその宣言をしてから、「マリア様と縁をつなぐエネルギー」にしてもらったペンダントをお守りとして、ずっとつけておりました。
すると時々、とても優しい穏やかな波動を感じ、それがマリア様の波動だということが、私には分かっていました。私は常にマリア様に見守られている安心感に包まれていました。

それからは、私の人生が、少しずつ良い方に向けて動き出している事を、確かに感じ取っておりました。

二人の霊能者の先生に出会った時、本当に不思議な能力を持つ方がこの世に確かにいらっしゃるものなんだと、不思議な気持ちでおりました。

成仏の難しさ 宇宙は、厳格にできている?

心霊体験談

日々霊に憑依され自分で浄霊したり、金縛りで幽霊に出会ったり、それから口コミで霊視の依頼を受ける度に思う事があります。

それは、成仏してあの世へスムーズに上がるのは、本当に大変らしいという事です。

ある時、とある女性が、亡くなったばかりの祖母を視てほしいと私と霊能力のある友人の元を訪れました。その女性を通じてその方のおばあさまの様子を霊視してみましたら、その女性のおばあさまは、死んだことに気づかない状態で、この世とあの世の間をさまよっていたのです。

私と友人とで、そのおばあさんに、死んだことを悟らせ、それから霊界へと導きました。

事故死、病死などで苦しみながら亡くなった霊は、自分が亡くなった事を悟れず、その「苦しみ」の時間のまま時が止まり、ずっと苦しみ続けている場合があります。また、即死の場合も死を悟る事が難しかったりします。しかも、そういう霊が少しならいいのですが、案外そうした霊体は、多く存在するのです。

私は様々な不成仏の霊体と接してきて、成仏できていない霊が、結構多いのを感じ、成仏の難しさを感じる事があります。
また、自殺をした人は暗闇の中にいて、死んだら迎えが来るはずなのに、死ぬ時の寿命に達していないからということで、あの世からの迎えが来ず、ずっと暗闇の中にいる場合が多いです。

私の知人の話なのですが、私の知人は、沢山の睡眠薬を服用し、自殺未遂を行ってしまったそうです。

薬を大量に飲んで眠った後、知人は暗闇の中にいて、それから胃洗浄され、目がさめたそうです。

こうした事から、寿命に達していないのに自ら命を絶つと、暗闇の中へ放り出されるようです。私の、霊視をいっしょにしている友人によると、自殺すると、その人の寿命が来るか、能力者に浄霊してもらうまで、ずっと暗闇の中で過ごさなければならないようなのです。

そうした事などから、成仏するということは、本当に大変な事らしいと思わされます。

成仏することは、本当に大変なのですが、その他の苦しみもあるそうです。私の母が病院の看護婦に聞いた話によれば、人は死ぬことも大変なのだそうです。

死んで全ての機能が停止するその瞬間に至るまで苦しみ続けなければならない人もいるという話を母から聞きました。

その話を聞き、病気で死ぬことも、本当に大変な事なんだなと感じました。

こうした死ぬ瞬間の大変さや、なかなか成仏できない霊が多く地縛霊や不遊霊と化しているのを知るにつけ、この世は本当に修行をするための厳しい場所であると悟ってしまう今日このごろです。

死ぬのも、霊になって彷徨う事も大変ですが、生きてゆくこともまた、大変なものです。

私は気が弱い性格のせいか、数多くのいじめに遭遇し、沢山いじめられてきました。それから、台風が来たり低気圧が来たり、湿気の多い梅雨の時期に、特に生きづらさを感じたりします。

気圧に敏感で影響を受けてしまう私の体は、天気が悪いと動く事で関節が痛んだり、体が重く感じたり、体を動かすのが大変な時があります。その時、私はいっそのこと、この体というものが無く、意識だけの存在ならば、一瞬で行きたい場所に移動できたりするのにな、と強く感じる事があります。

私がこういう感じ方をするのは、一種独特の思想感のようですが、これは、魂だけの存在になる、幽体離脱を体験した私だからこそ、言える事なのです。

幽体離脱を経験したあの時には、一瞬で、行きたい場所へと行けたので、そうした風にもう少し楽に移動できればいいのに、と思う事がよくあったりします。

ですが、そうした肉体を着た「この世」ならではの苦労を経験するため、私たちは生まれ落ちてきたようです。そうした大変さは、この世でしか味わえない尊い経験で、その瞬間瞬間を生き生きと楽しむ事が大切なのではないかと感じています。

そうした事をいつも心に秘めながら考える時に、私は、他の物質主義の方々とは違った角度から物事を見て過ごしています。

やはり、人間や他の肉体を持った生物たちは、魂が本質的なものですので、それを悟ることが大切なのかもしれないと、感じさせられる事があります。

それにしても、この宇宙は、本当に厳格だなと日々感じています。

他の方もまた、密かに、そういう考えを持っているのかもしれなく、こうした考えは、私だけではないのかもしれません。

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氏神様

心霊体験談

私の家はとても古く、明治時代頃までお金持ちで、庄屋をしておりました。そして、立派な氏神様も祀ってあったのです。

ですが、諸事情により家がつぶれ、お金がなくなってから、今住んでいる場所へ引っ越してきたそうです。

これは、私の家の氏神様に関するお話です。

私の家の氏神様は、水神様と呼ばれ、蛇を祭っている、というような話を母からちらっと聞いた事があります。母は、そうしたスピリチュアルな話が大嫌いですので、詳しくじっくり聞く事はできませんが、かつての私の家の氏神様だった神様が、とても怖くて、不思議なものなのです。

これは、多分数十年前の話になると思います。当時、何度か、私の家の氏神様だった水神様のご神体と祠を移動させようとした事があったそうです。そうして、水神様を移動させようとすると、必ずそれに係わった人々が次々と亡くなる、という怪事件が起こっていたのだそうです。

そうした事がありますので、水神様は、移動させずに現在でもその場所に、祠が建てられています。

何年か前まで、水神様へ、お正月に家族全員で挨拶に出かけていたのですが、今ではそれはしなくなってしまいました。

今では水神様は、地域の人々の信仰の対象になっているようです。そうした話を人づてに聞いております。

初めて水神様が祀られている場所へ出かけた時、私はとても強いエネルギーを感じました。言葉で表現すると、「ボンボンボン!」という、何かがはじけるような感じのエネルギーで、龍神様のエネルギーに似ています。

以前、龍神様が祀られている場所へ出かけたことがありました。その時感じた力強いエネルギーとその水神様のエネルギーがとてもよく似ていたので、そこの水神様は、蛇と母が言っていたのですが、もしかすると龍神を祭っていたのかもしれません。

そして、この氏神様のご神体がまた不思議で、十二単姿の女性の形をしていたのを、今でもよく覚えております。

ですが、そのご神体を目にする機会は、残念ながら、もうなくなってしまいました。どなたかが、水神様のご神体を独り占めして持って行き、自分の家で祀って崇めている、という話を聞いています。

今は、水神様のいらっしゃった祠には、その敷地内にあった石が入れられ、ご神体の代わりにしている、という風になっています。

その事が、私は不思議でたまらなく感じております。どうして、その時に水神様は、以前のような怒りを示さなかったのか、不思議でたまりません。考えられる事としては、もしかしたら、霊的な事に長けている方が水神様を、その一人の独占している方の家に、障りが無いように引っ越しを手伝ったのかもしれません。

水神様のご神体がなくなってしまった後は、残念ながら、その土地からは以前のように強いエネルギーは感じられなくなってしまいました。かすかに水神様のいらっしゃった気配だけが残されている、という風に変わってしまいました。

あれだけ強いエネルギーを放っていた私の家の氏神である水神様でしたので、本当に残念に感じられます。

もう少し私も、その水神様をお参りしてみたかったと思いましたが、私の今の立場では、それはもうできなくなってしまっているので、残念に思えてなりません。

また、関係あるかどうか分からないのですが、うちは女性しか生まれない家系になってしまっています。昔は男性もきちんと生まれていたというのですが、最近は女性しか生まれないのです。

母は「呪いがかかっているのでしょう」と言っています。私のかつての家は、お金持ちの家だったので、人に恨まれることも多かったのではないかと思えます。ですので、呪いというものが、私のいる家の家系にかけられているかもしれないと思えても不思議ではないです。

このように、水神様と女系の家は、今現在、どうすることもできない状態なのですが、今の私は、そうした事を考えるよりも、日々いかにして平穏に過ごしてゆけるかを考える事に重きを置いております。

縋りつく自殺霊

心霊体験談

これは去年の8月頃のお話になります。その時、Aさんという女性の方が、私と霊能力を持つ友人の所へ相談にやってきました。

状況としては、Aさんには18歳になる息子さんがいるのですが、その息子さんの運気が極端に悪くなっているそうです。

事故にあったりケガをしたり、体調を崩したりなどが頻繁に重なり、それで不安に思ったAさんは、息子さんのために、相談に訪れたのでした。

早速そのAさんを通して息子さんを霊視してみると、息子さんと同い年の18歳の青年の霊が憑いていることが分かりました。

さらに霊視を深めてゆくと、その18歳の若い男性は自殺で亡くなっている事が分かりました。それに輪をかけるようにして深い霊視をしてゆきますと、実はその男性は自分の意志で亡くなったのではありませんでした。悪霊と化した女性の霊に引き込まれ、それで自ら命を絶ってしまった、という気の毒な男性の過去の姿がビジョンとして私の第3の眼に映りました。

不幸にして悪霊に取りつかれ、自殺してしまった男性は、Aさんの息子さんに嫉妬して憑いていたのでした。

この自殺してしまった男性は、実は家庭環境が最悪で、小さな頃に両親から虐待を受け、心の病になって苦労したようです。それで幸せそうにしているAさんの息子さんが自分の亡くなった時の年齢と同い年、ということもあり、その幸せそうな様子に嫉妬して、羨ましくて取り憑いていたのでした。

この取り憑いていた男性が自殺に追い込まれるようになったのも、多分ですが、ネガティブな感情で日々を送っていたために、そのネガティブさが悪霊を読んでしまったものと思われます。

ですから、日々を過ごすのにも、そうした悪霊に付け入られないように、ポジティブな感情で過ごすことが大切だと学ばせられました。人はそれぞれに悩みを抱きながら生活をしているので、ずっとポジティブでいるということは、本当に難しいです。ですが、こうした例を目にして私が感じた事は、できるだけポジティブな感情で日々を過ごすことを心がけるようにすると良いかもしれないということです。

その18歳の自殺してしまった男性は、何はともあれ、自分で命を絶ったので、あの世でも修行が待っている事を伝えてから、浄化をし、霊界へと送り届けました。

自殺は、自分の与えられた人生を全うしなかったということですので、あの世での修行が待っており、その修行が終わると、今度は自殺しないようにとのことで、再びこの世に生まれなおし、人生をやりなおすことになっているらしいです。今まで、自殺者をあの世へ送り届ける時には、そうした事を神様から学ばせられておりましたので、どんなに人生が辛くても、人生を全うしなければならないというのが、現実となっているらしいです。

それがこの世を創造した神様がお決めになられたことらしいです。

それで、浄霊が済んだ後、そのAさんの息子さんは事故やケガなどの不運に悩まされることがなくなり、今は平穏に過ごすことができております。

また、そうした18歳の男性を浄化するのと同時に、その男性を自殺へと引き込んだ女性の霊も改心させ、霊界へ上がってもらいました。

私の友人は、私よりも年上で、様々な観点から霊魂を説得させることが、とても上手です。

私には思いもつかないような方法で、霊魂を説得します。すると、霊魂は友人の言葉により、はっ!となり、気付かされるのです。

そのような年上の友人の素晴らしさを目の当たりにするそのたびに、私はその友人に少しでも近づきたいと思いながら、いっしょになって、浄霊をしたり、霊視をしたりしています。

やはり霊も元は心を持った人間としてこの物質社会に生きていたものですので、話せば分かったり、過去世を見せたら改心したりすることが多いです。

ですので、できるだけ霊魂を説得して浄化させ、霊界へ上がってもらうようにしています。

霊魂を破壊したり、地獄へ送ったりすることもできるのですが、霊魂も心を持った存在ですので、そういうことは、できるだけ避けるようにして、あの世へ送り届けられるようにしております。

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魂は実在した!

心霊体験談

これは私が27歳頃のお話になります。当時私は東京近くの病院に入院しておりました。スピリチュアルな体質の私にとって、病院という場所に入院するのは、とても大変な事でした。私のスピリチュアルな体質は、家族に言っても理解してもらえなく、どうすることもできませんでした。当時の若かった私は、イタコ体質という特殊な体質のために、常に振り回されておりました。

私の体には、様々な霊が憑依し、隙あらば、それらの成仏できない霊体が、私の口を使って、自分が成仏できない無念さ、苦しさなどを訴えかけてきておりました。

私は見えない魂だけになった「人」たちに、日々翻弄され、悩まされておりました。

当時の私は、私の体に多数の霊がひっきりなしに入ってきて、私の体、特に口を使い、無念さを表現されてしまうのですが、それらの不成仏の霊体を浄化する、といった方法を全く知らずにおりました。ですので、自分の意志を保ち、霊に体を乗っ取られないようにするだけで精いっぱいで、それ以上は何もできませんし、何も分かりませんでした。

私がこのような体質になってしまったのは、母が重い病気になり、死にそうになった事がきっかけになっている気がします。その時、多くの心霊世界を追求し出すと同時に、このようなイタコの体質になってしまいました。家が唯物論主義なため家族の理解が無く、また制御方法を全く知らない私は、良いように霊に体を使われてしまっていたのでした。

そうして日々私が様々な死霊に悩まされている時、私の入院している病室に、霊感が強い女性が入院してきました。

その女性は、叔母が霊能者をしている、という、霊能的血筋を受け継ぐ女性で、時々、私に憑依している霊を、数珠を使って除霊して、取り除いてくれたのでした。

ですが、当時は若かったことと、唯物論主義の家でずっと育ち、まだ「霊」という存在を完全には信じ切れていない私でしたので、まだ霊魂の存在には、疑問を抱いておりました。

ですが、ある事をきっかけに、霊魂という魂だけになった死んだ人が、この世界に実在する、ということを思い知らされるようになったのです。

ある時、私の体に「ミタ
マチコ」と名乗る女性の霊が取り憑いて、私の口を使って訴えかけを続けておりました。彼女は私の口を使い、こう言っておりました。「見捨てないで。私は、ミタ
マチコというの。私は殺されたの。助けて!」その言葉をずっと私の口を通じて“彼女”は、繰り返しておりました。“彼女”が私の口を使って「出て」くる時の特徴として、最初に「見捨てないで!」と必ず言ってその存在を主張してくるのです。

このマチコさんは、殺されたのがよほど無念だったらしく、他の霊魂と違って、私の体の中に長く居座っておりました。

これは、ミタ
マチコさんという存在に悩まされていた、とある日の出来事です。叔母を霊能者に持つ例の女性が、私を見て、ポツリと呟いたのです。「あなたに、殺された女が憑いているね」と。「えっ・・・!?」その彼女の言葉に私は驚いてしまいました。

私と霊感の強いその女性が感じていた「もの」が何と一致したのです。これまで、霊魂という不可思議な存在は、もしかしたら私の妄想なのかもしれないと思っていたのですが、他人と自分の感じている存在が見事に一致したのでした。

そして、その時に初めて霊魂という存在が、思い込みなどではなく、私とは独立した別の存在としてある事を私は認識したのでした。

その時、私はどうすることもできなく、その霊感の強い女性に、殺された女を取り除いてもらいました。

その霊感の強い女性は、私の家からかなり離れた場所に住んでいたために、今では彼女とのお付き合いはありません。

ですが、霊という存在について一番初めに私に教えてくれたのは、その、霊能者を叔母に持つ彼女でした。

彼女は今では子供を産み育てており、母親として、そして主婦として生きております。

この女性ともう少し仲良くしたかったのですが、家がお互いに遠かったという事もあり、段々疎遠になっていってしまいました。
今ではその女性とのお付き合いはありませんが、彼女は霊界や霊魂の存在を私に教えてくれた、そして何よりも「それ」が存在するとの事を教えてくれた最初の人なのでした。

幽体離脱

心霊体験談

これは、私が17歳の頃に体験したお話です。

当時の若かった私は、進学校へ通っておりました。そして、部活と勉強とで、とても忙しい学生生活を送っていました。当時は、なかなか勉強と部活を両立することができなく、悩んでいました。
部活をやめようかどうかを深く悩み、また、勉強も進学校でとても大変なため、大きなストレスを抱えておりました。そのように、毎日悩みが深く、精神的にも肉体的にも疲れるせいか、夜は、金縛りになることが頻繁にありました。

そんな忙しく、悩ましい日々を送っていた、17歳のある日の夜のことです。その夜も、いつものように金縛りはやってきました。

私は、いつものように、金縛りをふりほどこうと必死になって体全体を動かそうとしました。その時に、私の体全体が、ビリビリと電気を帯びているかのように、しびれる感覚がしていたことを、今でもよく覚えています。そのビリビリする感覚は、とても不快なものでした。体が動かないうえに、体全体が強くしびれており、それでとても苦しかったのを今でもよく覚えています。

そのしびれるような妙な感覚と動けない辛さから一刻も早く自由になりたいと、私は必死になって体を動かそうとしました。

すると、ようやく私は上半身を起こすことができたのです。ですが、妙な事に、両手にいつもあるはずの布団に触れる柔らかな感覚が、全く無いのです!

その時、稲妻に打たれたかのような強い衝撃を抱きながらも、どうしようもなくそのままにしていると、やがて私の体は空中に浮きあがってゆきました。その時、自分は魂が抜け出て死んでしまったのではないかと、強い恐怖心に襲われた事を、今でもよく覚えております。

あまりの怖さに、下にあるはずの自分の身体を見る勇気がありませんでした。下にある自分の身体を見てしまったら、自分の身体に戻れなくなってしまうような、そんな強い恐怖心があり、どうしても自分の「肉体」を見る事ができなかったのです。

ですが、強い怖さの真っただ中にあっても、私の心には、それと同時に冒険心、好奇心も強く宿っておりました。

そうした、恐怖と同時に宿る強い冒険心から、私は「よし!せっかく体から抜け出したのだから、このまま台所へ行ってみよう!」と、そう思ったのです。すると、そう思った瞬間、「私」は台所へと移動しました。まさに、一瞬の間に台所へと、私の意識は移動したのです。

その移動の速さにびっくりしながらも、「私」はほのかな月明かりの差し込む台所をじっと見つめていました。

と、そこで私の記憶はとぎれています。何とか体に戻ったというのは分かるのですが、それだけしか、私の記憶にはありません。

台所へ行った後、気付いたらベッドの上の体に戻っており、朝になっていたのでした。とても怖かったのですが、身体から魂が抜け出るというその体験は、私の霊体験の中では、かなり貴重な体験でした。

その後、幽体離脱に憧れるようになり、幽体離脱ができるというCDを購入し、再度幽体離脱をしてみようとしたのですが、結果はうまくゆきませんでした。

また、幽体離脱をするための本というものも購入して試してみても、あの時のようなリアルな幽体離脱の体験をすることはできなかったのです。

この幽体離脱体験が、今の私のスピリチュアルな価値観の基礎となっております。あの時、魂だけ体から抜け出し、一瞬で行きたい場所へ行ける、という不思議体験をしたからこそ、霊魂や幽霊、あの世というものを信じて疑わない自分になれたような気がします。

あの時の感覚は本当に衝撃的なもので、人は死んでも魂は死なない、という事を悟る大きな機会でした。

そうした感覚などが元になり、今は、「この世の中で見えている世界というものは、ほんの一部にすぎない」というその独特な価値観を持ちながら生きています。

蛇憑きの男

心霊体験談

これは、つい最近体験したばかりのお話です。私は、蛇が憑いた男性に出会ったのです。その事により、蛇憑きの人の異様さに触れ、また一つ、スピリチュアルな勉強をさせられました。

私は、とある婚活サイトで出会った男性とメールや電話等をしていました。そこのサイトは真面目なお付き合いをモットーとして掲げているために、信頼しきっていました。
そして、その男性とはメールしあう仲から、電話でお話をする仲になり、やがてテレビ電話のスカイプでお互いの顔を見ながらお話をする瞬間が訪れました。

その男性とは初対面で、初めてスカイプにて顔を合わせました。

ところが、後に知る事になるのですが、その男性は、良からぬ性質を持った男性だったのです。
ですが、最初その男性の姿をスカイプ越しに視た時には、男性から漂ってくる優しさを含んだ波動を感じ、私は、その方を良い方だと思い込んでいました。
ところがその男性は、少しスカイプでしゃべってから、私に向けて突然、「おっぱい見せて」と言ってきたのです。その時、その男性の醸し出す優しい波動と何だかその言葉がかみ合っていない、となぜか感じたのを、今でもよく覚えております。

私はといえば、そのような事を感じながらも、あまりにも突然に、そのような、奇異な事を言われ、唖然としてしまいました。そのような言葉を初対面の人に対して平気で言うような男性です。勿論私は、その男性とのお付き合いをお断りしました。

ですが、その男性はとてもしつこかったのです。お断りしたにもかかわらず、沢山のメールを私に送ってきて、私は気が狂いそうになってしまったのでした。

そこで、私はスピリチュアルな事を仕事にしているとある知人にお願いし、彼との間の縁切りをしてもらう事になったのです。

彼女は、神様のお力で人との縁を切る事ができる能力を持っておりましたので、私は、即座にお願いしたのでした。

その方の霊視によれば、彼には蛇が憑いているという話で、なおかつとても寂しがっている、という事も教えてくださいました。

私は、彼女に縁切りをお願いすると同時に、蛇憑きについてもインターネット検索をして、詳しく調べてみました。

インターネットの情報の海を彷徨い、得た事は、蛇が憑いている人の特徴として、性欲が異様に強くなる、というような事です。そのような文が、多数のサイトに書かれていたのでした。

私は、その説明を見ながら納得しつつも、異様な事を平気で言うその男性と縁が切れるように、ひたすら祈り続けました。

彼は本当に、心の底から淋しいのかもしれません。ですが、「おっぱい見せて」と初対面の女性に対し、平気で言うような男性と私は申し訳ありませんが、お付き合いしたいとは思わなかったのです。たとえ、それが蛇霊の影響だとしても、です。

そうして縁切り祈願をしてもらってからは、不思議とこの男性から沢山来ていたメールがピタリと来なくなり、また、見えない世界の不可思議さを強く感じさせられた私なのでした。

私は普段、口コミで、他の方の霊視等を行っているのですが、自分の事となると、途端に視野が狭くなり、客観視ができなくなってしまう傾向があります。そのような時には誰かの助けを借りたりします。今回も、他の方の力に助けられた私なのでした。

スピリチュアルで、目には見えない「念を切る」というような所からの物質を介さない働きかけによって、そのような悪縁がスッポリと切れたのですから、見えない世界は、見えているこの世界よりもはるかに大きなものなのだと強く感じさせられた出来事のうちの一つでした。

私自身、こうした男性に遭遇してから、自分の未熟さを痛感させられました。そして、もっともっと心を成長させてゆきたいと思わずにはいられなくなりました。

自殺者の霊

心霊体験談

私は時々、口コミで霊相談を、霊能力のある友人と二人で受けることがあります。そのような時に、何か心身の問題を大きく抱えている相談者の方を霊視してみますと、不成仏霊がその人に取り憑いているために災いが起きたり、心身の不調が起きたりしている、という事がよくあります。

その中でも多く見受けられますのは、自殺した人の霊魂です。自殺者が取り憑くと、憑かれた人は、自殺願望にかられたり、鬱状態になり、高い所などから飛び降りたいという妙な衝動にかられたり、また極度に体の具合が悪くなったりもします。運が低迷し、やることなすこと悪い事ばかり、との人もおります。

私が霊視して自殺した者に話を聞いてみると、今まで見てきた中では、全ての自殺者が共通して、暗い場所にいるのです。

自殺は成仏することが難しいとよく言われていますが、どうやらそれは真実のようで、自殺者が人に憑いている事は多いです。

自殺した霊は、様々な状態にあります。死んだことを理解できていない霊もいれば、死んだことに気付いているのですが、唯物論主義者だったために、何故死んだのに、自分はここに「いる」のか疑問に思っている霊もいます。

また、死を受け入れているのですが、暗い中にポツンとしている霊もおります。
死んだことに気づいていない霊は、唯物論主義者の場合もありますが、自殺した時の死の苦しみの瞬間で止まっており、いつまでも永遠にずっと苦しいままでいたりする場合もあります。

私の場合、自殺者の霊を霊視すると、踏切に飛び込むビジョンや、海に飛び込んだり、ビルから飛び降りたりするビジョンが視えたりすることもあれば、象徴として、その霊魂の真ん前に首つりを示す縄が視えたりして、自殺した事を知らせてくる霊魂もあります。

とにかく自殺すると成仏することが難しくなり、霊能力のある私の友人は、自殺者は、本当の自分の寿命が来るまであの世から迎えが来ないと言っております。

とにかく自殺だけは絶対にしてはいけない、という事だけは、こうした多数の霊魂を視てきましたので、はっきりと言う事ができます。

自殺者で、死んだことに気づかずにいる霊魂で、死の瞬間の苦しみのまま止まっている霊魂の場合は、まずその苦痛を取り除き、死んだことを悟らせます。

それから、死を受け入れましたら、あの世へその霊魂を送り届けます。この時、観音様などの神様の力をお借りします。友人は主に観音様のお力をお借りするのですが、私の場合には、どうやらマリア様が力を貸してくださっているようです。

また、唯物論主義だったために、自分が死んだことを悟れていない霊魂には、時間を戻し、自分のお葬式のシーンをビジョンとして見せたりして死を悟らせ、それからあの世へ送り届けます。


既に死んだ事を悟り、暗闇の中で動けないでいる霊魂には光をさしてあげて、ネガティブな想いを取り除き、あの世へと送り届けます。

自殺者はとにかく暗い場所にいるので、その場所に光をさしこんであげる場合が多いです。

そうした光をさしこんだり、お葬式のシーンを見せたりするのは、神様の力を借りる事によって行います。霊魂というものは想念の世界に属するものですので、神様のお力により、光などを自由に出現させることができたりもしますので、そのように神様の力をお借りしての作業になってきます。

そうしたことをしなければ、なかなか自殺した霊魂は成仏できないのです。そして、天寿を全うしたのではないため、あの世からの迎えも来ないので、迷ってしまい、助けを求めて人に取り憑いたり、または波長があった人に憑いてしまったりするのです。

こうした多数の自殺した霊魂を霊視してきて、私自身も成長させられました。以前の私は辛いとすぐに「死にたい!」と思ってしまったものですが、実際に自殺しても終わりではなく、霊魂として残り、苦しむことになると分かっていますので、今では命の尊さを理解すると共に、自分が生かされている事にも、感謝ができるようになってきました。


霊視したり浄霊したりの作業では、こうした様々な事を学ばせられており、日々私も成長していっています。

まだまだ未熟な私ですので、もっと成長したいといつも思っております。

死への導き

心霊体験談

私は時々、口コミで霊能力を持つ友人と二人で、霊的な相談に乗る事があります。
これは、様々な人を霊視していて出会った、悪の性質を濃く宿す霊魂のお話です。

ある時、口コミから一人の女性Dさんが私たちの元へとやってきました。Dさんは、マンションの上階に住んでいるのですが、最近鬱状態になることが多く、死にたくなってベランダから飛び降りようとする恐ろしい衝動にかられる、との事で悩んでおりました。

彼女は医者に鬱病と診断され、薬をもらい、飲んでいたのですが、飲んでも全く効かず、それどころか「死にたい!」という強い衝動が強くなってゆくのでした。

私がDさんを霊視してみますと、女性の霊が彼女に取り憑いていることが分かりました。その女性霊は、Dさんを取り殺そうとしているのでした。

女性霊は、いわゆる悪霊と呼ばれる、とても質の悪い霊で、浄霊しようと説得をしたのですが、まるっきりこちらの意志が伝わりませんでした。言葉にすると「この女を取り殺す!」との強い邪念を放ちながら、心根を改めることを全くしませんでした。

そこで、私の友人が「地獄」と呼ばれる場所へ、その悪どすぎる霊魂を送ってしまったのでした。

地獄という場所も実際に存在するようです。何度か鑑定していますと、どうしてもいう事を聞かず、心を改める事もせずに、人に危害を加え、酷い時には、その人の命を奪おうとするような霊体もあります。そうした時には、仕方なく「地獄」と呼ばれる場所に送らなければならない事もあります。

私自身は、第3の眼で霊を霊視する事が得意で、私の友人は、霊を浄化したり、地獄へ送ったりすることが得意です。
この日、その邪霊は善き心に改心する気が全く見受けられず、ずっと、鑑定にいらしたDさんを取り殺そうとしていたので、友人が邪霊と化した女性霊を地獄へと送ったのでした。

できれば地獄へ送る、という事は避けたいのですが、どうしても改心せず、人を取り殺そう等とする場合には、地獄へ送る事も必要な時があります。

第3の眼で、今霊がどういう状態かを見抜く役割の私には、地獄というものがどういうものかは分からないのですが、実際に存在しているようで、霊能力を持つ私の友人が、たまに地獄へ邪霊を送り届ける場合があります。

そうした事は霊にとっては悲惨な事なのですが、様々な「あの世」があるのだと深く学ばせられることが多々あります。

殺された恨み女

心霊体験談

ある時、一人の男性が私と私の友人二人で行っている口コミだけの鑑定にやってきました。

その男性は、体調不良で悩んでいました。病院へ行きましたが、悪い所が無いと言われたそうです。頭痛や体のだるさ等に悩まされておりました。

病院へ行っても体調不良の原因が分からないので、とある人を介して、私たちの所へたどりついたのでした。

早速霊視してみると、その男性には、一人の髪の長い若い女性が憑いていることが分かりました。こうして霊視をするとき、だいたい私の場合は、霊が白黒で視えます。かなり強い霊の場合、カラーで視えることもあるのですが、この時の女性の霊は、強いものでしたが、白黒で視えました。

さらに霊視してみますと、この女性の霊は、強い怨念を持っている事が分かってきました。私の第3の眼に、この女性が、数人の男性にレイプされ、殺されてしまったという悲惨な映像が視えたのです。

そこで数人の男性に犯され、殺されたこの女性は、男に強い恨みを持つことになってしまいました。男ならば誰でも良いから、取り憑いて殺してやりたいと思い、強い憎しみを男全般に対して募らせていたのです。

そして、たまたまこの日相談に来られた男性と波長があってしまい、それで取り憑いていたのでした。

女性の怒りは凄く、相談に来られたこの男性を取り殺そうとしておりました。殺された女性は、本当に悲惨ですが、たまたま波長があってしまったこの男性も悲惨なものです。

この女性は怒りに我を忘れているような感じだったので、私の友人が、彼女の過去世に時間をもどしてみました。

すると、この女性の過去世は男性で、過去世の男性だった頃、彼女は、複数の女性をレイプし、無残に殺していたという事が判明したのでした。

このように、過去世の罪が影響して今生で返ってくる、というような事が多々あるのです。人を殺した人は来世で殺されたり、辛い想いを経験したりするもののようです。

そうした過去世を思い出させられて、女性は、自分のやったことがただ返ってきて、今生でこのような目にあっている、という事を思い出し、納得して落ち着いたのでした。

そこで私と友人で彼女を説得し、純粋で綺麗な魂に戻し、霊界へと導きました。

このように、人間は何か悪い事をすれば、それがいつしか己自身に返ってくることになっているようです。何度も鑑定をしていて、殺されたり、悲惨な亡くなり方をした霊魂の過去世を視てみると、やはりそうなるだけの事を過去において必ず行っております。過去世で何かを行い、今生でその行いに見合ったものが返ってきている、という場合も多いのです。

こうした霊魂を霊視したりして感じた事は、善い行いをすれば、未来において、良い形として返ってきますので、なるべく良い行いを沢山するように心がけたいものです。

人は未熟だからこそ、この世に生まれてきます。そうして生まれてきて罪を犯すこともあるかもしれませんが、その悪い事は必ずやったこととして返ってきてしまうのです。

こうした悪い行いは、今生で結果が返ってくる事もあります。私が聞いた話なのですが、ある人が少し頭の足りないおばあさんをだまし、その人の土地を奪ってしまったそうです。すると、その家は子孫が生まれずに、絶えてなくなってしまったそうです。

こうした事等から、どういう存在かは分からないのですが、「誰か」が必ず人々の行いを見ていて、それにあわせて運命が決められたりするみたいで、私はそれは、様々な宗教で言われている神というような存在、この宇宙、現実世界を創造した創造主であるかもしれないと感じさせられる事があります。

とにかく、「誰か」が絶えずこの物質社会に生きる我々の行いを見て、それに応じて未来を作り出したりしているという事は確かなようです。

そう考えると、やはり神といわれる存在は実在するみたいだと私は深く考えさせられます。